見学日和 ~社会科見学とか気になったあれこれ

社会科見学と称していろんなところに出かけたのをメモするブログ

【見学】立川に移転する前の(旧)国立極地研究所に行ったときのこと

国立極地研究所、通称「極地研」は南極観測隊を送り出している機関です。
2009年4月から立川市に移転した国立極地研究所ですが、それ以前は板橋区加賀にありました。友人が勤めていたのでじっくり見学させてもらったときのレポです。

案内してくださるのは、今冬(2006年)の南極観測隊に広報として初めて越冬する坂本さん。このあと2週間ほどで広報室から越冬隊の準備に入ってしまうので、私たちを案内するのは広報の仕事としては最後になるそうです。


もともとは財務の担当だったとうことで、現場の方の案内とはまた異色で、次々とぶっちゃけ経費の話が出てくるのが主婦にはたまらなく身近で楽しい内容でした。
1階入り口を入るとすぐに展示室。南極で採取された生物標本や隕石の標本の主だったものが展示されてます。
まずはペンギンさんたちがお出迎え。

その奥に南極観測初期の雪上車が!
もちろんガソリンは低温地仕様のもの。エンジンの話もしてくれたのですが、車に関して全く無知な私にはなんのことやら…でわかりませんでした。すみませぬ。
この雪上車、第一号はコマツが造ったそうなのですが、その後は新潟の大原鉄工所のみで造られてるそうです。走行テストは新潟の砂浜!そこでガンガン走ってる雪上車も見たいー!!
で、この雪上車、簡単に廃車にはならなくて(できなくて)、現地で故障するたびに古い雪上車から部品を取って付け替えるので、走行年数はかなりあるそうです。そして故障部品だらけになった雪上車が5~6台帰国を待ってるそうですが、電車の車両のようにコアな買い手が付かないので、分解して鉄クズとして一生を終えるそうです。
なんと勿体ない。雪上車、格好いいと思いますけど。

つぎは生物標本や隕石標本についての簡単な説明。
生物はなんだかグロイ系がけっこうあります。まぁ海洋生物ですからね。

あとは鳥やアザラシのはく製など。
……そして隕石!氷の南極なのに宇宙から飛んできた隕石がたくさんあります。
隕石の研究室があるくらい南極と隕石は切っても切れない間柄。


隕石は見た目よりも重いものが多く、バスケットボール1つ分くらいの容量のものが大人6人がかり(100㎏越え)とかも当たり前なんだとか。
一般的認識がひっくり返ります。さすが宇宙からの落下物です。
なんと、その隕石の保有率は日本がダントツで、世界中で採取された隕石のうちの60%も保持しているんだそうです。(理由は後述)
隕石の相場は100グラム単価10万~、ピンポン玉くらいで200万だそうですよ!

砕氷船の模型も展示してありました。


船の科学館で探検できる宗谷、そしてふじ、現在の南極観測で活躍中の「しらせ」。
砕氷船は某省の隠れ予算と言われるお金で建造して、運行は防衛省海上自衛隊)が行うので、船に付けられる番号は海自の分類で「雑役船」の通し番号になってます。
…が、最初の宗谷は海上保安庁だったので番号がまた違う。トリビアですね。

展示室をぐるっと回るだけでも、解説つきでここまで日本の南極観測について知ることが出来ました。

つぎは広報・坂本さんの案内で地下に。エレベーターを降り、廊下の先の標本室を目指します。扉を入ってスリッパに履き替え、さらにもうひとつの扉の中へ…。

引き出しになっている木棚が整然と並ぶ列。

そして数々のはく製。

細かい引き出しのある木棚は、特注で作られたウン十万する釘を使っていない貴重な標本整理用棚だそうで、廊下に置いてた使ってない棚を消防署からの指導で廃棄したら、担当の先生が「高いんだぞ!」ってわざわざ拾いに行ったという実話もあるそうです。


そして棚の上にも所狭しとダンボールが。これが、日本の南極観測を支えている、特注極地仕様キャラ風絵柄超かわいいダンボーです。
南極観測隊で使うダンボールはサイズも多岐に渡りますが、大きいサイズの中には中くらいのサイズが2個収まるようになっていて、丈夫(2重構造)なのでそれだけで簡易ラックや本棚として使用できるのだそうです。実際に使ってる隊員もいるとか。まじこれをお土産に欲しいくらい可愛いオリジナル品です。

まず標本の引き出しを開けるとペンギンなどの鳥の卵の標本が。
その中にペンギンの羽のはく製がありました。


普段そうそう見ることもないペンギンの羽の裏を見ました。
というか触らせてもらいました。すごく細かく毛が生えてて、鳥の羽っぽくない!

別の棚には、海洋生物のホルマリン漬けが多数あるのですが、その中に蛸の標本がありました。普通の蛸は吸盤が2列に並んでいるのですが、南極の蛸は吸盤が1列なんですって!知ってました?でも、なぜ?謎です。


ペンギンのヒナが凍って死んでたのがそのままはく製に。

ここに来て初めて「はく製師」という職業があるのを知りました。
これも誰が作ったのかわからないけど、日本でのローカルルールがあるそうで、作者がわかるように目玉(義眼)のどこかに署名があるんだそうです。
部屋を出る手前にあったアザラシのはく製の目玉を一生懸命覗き込みましたが、どこにそんな印があるのか私には時間切れで見つけられませんでした。

このヒナがいる棚の中にあった黒いコケの標本なんだけど、聞けば発見してから陰毛ゴケと呼ばれていたのが、学名をつけるときにもめてただのクロヒゲゴケになったらしいと言うじゃありませんか。
これってトリビア!ってみんなが思ったら、以前タモリ倶楽部もやってきて、すでにトリビアにも出てしまったネタと判明。それにしても極地研はまだまだ叩けばネタが落ちてきそうな予感…

はっきり言って、棚だけじゃなくて棚の上もすごい荷物で、苔を研究してる先生が持ち込んだ南極以外の場所の土地の苔が入ってるのもわんさかあります。アンコールワットと書いてあるダンボールなど、全てガムテープで貼り付けてあるし、湿気など苔の生育環境が維持されてないため標本としてはもう役に立たかもしれない物まで、それぞれの研究者のこだわり満載な部屋です。

最近は海洋生物なども含めた生物学的研究をやってる方が極地研内にいないので、新たな標本を集めるのが難しいんだそうです。死骸だとしても南極からの持ち出しには書類がたくさん必要で、自分の研究対象じゃないのにその苦労を引き受けてまで拾ってきてくれる人がいないんですって。

そして、説明の最中に、棚の上にある茶色い不思議な物体が気になってきます…。ガラスケースには小さな張り紙で「ミイラ」と書いてあるではないですか!!


南極にはドライバレーといって、雪が積もらない地帯には凍結しない塩湖などもあって謎の多い場所なんですが、そこではアザラシのミイラがしばしば見つかるそうです。
これもその一つ。南極は雪だけじゃないんですって。

標本室を出て、すぐ並びの部屋へ。ここでもまたスリッパに履き替え。こちらは標本室とは違って研究室という趣き。<研究室ですから!

私たちに南極での隕石の研究についての説明をしてくださる小島先生。
とても丁寧にフリップを使って説明してくれました。
そもそも、なぜ隕石が南極でばかり発見されるのか!


<隕石集積のメカニズム>それは、隕石が地球上に落下するのは地球上同じ確率なはずだけど、普通の地表に落下したものは大きくないものだと、どれが隕石と気づかないし、いちいち検査もできない。でも!南極では白い氷の上だから見つけやすい!
奥さん知ってましたか?でも、それだけじゃないんです。

なんで日本の隕石保有率が高いのか。
それは、日本人が隕石集積のメカニズムにいち早く気づいたからだそうです(笑)
最初は落下してきた隕石が摩擦熱で氷の中に埋まってしまうんですが、南極の、とある山脈では、何万年もかけて移動してくる氷と風との条件によって、いつしか地表に隕石が現れてくるんです。
これを……見つけて拾うだけ!
まず氷の上に顔をだしてる石っていったら十中八九で隕石なわけですから、そりゃあ簡単ですよね。だから、何万年も前に落下した隕石の集積場所を日本が早くに特定できたおかげで、日本が世界で一番隕石を持ってるってわけ…。

そして、お待ちかねの火星の石です。

5百円玉より大きいくらいで、フツーの黒い石のようですが、持ってみると見た目の色や形状で想像するより重くて、隕石の不思議をまた実感しました。

南極でも氷の上に落ちてればわかるけど、このくらいのサイズのものは、土の地面が出てる場所だと、もともとの南極の石なのか目では判別できないそうです。

それと、日差しで氷が溶けやすい季節などでは氷が解けたり固まったりの繰り返しをするので、隕石自身の重さで自らどんどん沈み、氷の中深くにもぐってしまって取れなくなることも多いんだそうです。
小島先生、奥が深い話をありがとうございました。

ようやく今回一番楽しみだった低温室です。
これは別の棟の地下にありますのでちょっと移動。

今回は上着と手袋だけ防寒装備で入ってきました。

カメラも中に入れたかったんですが、出てきたときの温度差で結露ができてダメになりやすいということなので諦めました。同行の@kojimakenichiさんはビニール袋に入れてチャレンジです。
まずはドアを開けるとマイナス10度の部屋があり、ダンボールの中には越冬隊が持ち帰った食料や南極の氷がごろごろと…。
そこからもうひとつの扉を開けるともうそこはマイナス20度の世界!
ジーンズでも寒さが凍みこんできます。

そこで見せていただいたのは、南極の氷を掘削した氷の標本(コア)の完成品。
コアと呼ばれる棒状の氷の、氷に入ってる気泡だとか、成分とか、そういうものからいろんなことがわかります。ただ掘削したままではなくて、掘削したものを削って長さや太さを一定にしてダンボールで標本のように保管します。
ところどころの棚に傘袋みたいな長いビニールに入った氷の塊がぶら下がっていて、これから削るコアかと思ったら、学生がコアを削る練習をするために凍らせた氷とのこと。コアを整形するのは機械だと思ってました。そして練習が必要とのこと。

このコア掘削なんですが、1週間で200m掘り進むんだそうです。これは日本が世界一を誇る技術で、このおかげで南極の何万年分もの情報を氷から得られるのです。
奥の作業室では、実際に学生がコアを削る練習をしたり整形するんだそうですが、この部屋だけは、作業がしやすいように送風を抑えて特殊に作られてるので、マイナス20度なのに、吐く息が白くならないばかりか、さっきと比べると温かいくらいに感じるのです。風が吹いてると同じマイナス20度でも体感温度が下がるので、マイナス23~4度に感じると教えてもらいました。

さすがに10分くらいでかなり冷えてきたので、またマイナス10度の部屋に戻って少し調整しました。
マイナスの世界から出てくると、普通の気温なのにストーブを点けた冬の部屋のような錯覚を起こします。夏場はもっと温度差が激しくなるので、退室前はマイナス10度の部屋でしばらく過ごして温度差を小さくしたり、一日の入室限度を決めたりしてるそうです。また、寒さ対策よりも酸素濃度の違いから、人によっては高山病も起こすのでそれも気をつけてるそうです。

実際はお借りしなかったんですが、巨大防寒ブーツ。これ一足で5万ほどとか。
また、ダンボールについて質問してたらちょうど断面が見れました。極寒仕様なので2重です。
前にも書きましたが、ここのダンボール類は特注でコストが掛かるため、某社からの寄贈が極地研の活動の一部をを支えてるといっても過言ではないとのこと。(注:見学時点での話です)

この低温室ですが、マイナス60度まで温度を下げることができるけれど、通常マイナス20度で月に30万程掛かる経費が、マイナス60度にすると300万/月に跳ね上がるので滅多にやらないそうです。

また展示室に戻ってきました。
各自、撮り損ねた写真がないか展示室を写してまわります。

私がみていたこの模型、周囲はとても細かい造形なんですが、真ん中あたりはただの平面なんです。

と思っていたら、南極の模型図で坂本さんからビックリ発言が。
これを作ったときは、まだ未開なのでちゃんとした形がわかってないから平らで作っただけなんだそうです。そういえば山脈の名前がヤマト山脈とか日本名が多いんですが、これは日本に命名権があったりするので、ちゃんと委員会を開いて地名を決めているんですって。日本ってすごいんだなーって、南極に来て実感するとはね。

今回は「展示室~標本室~隕石~低温室」を見学できたんですが、極地研では、この内容は『副大臣コース』と呼ばれる、かなり詳細に回るコースなんですって!
大臣の視察並みに見せていただけたなんて感激です!!

今回最後まで熱心に案内してくださった坂本さんが参加する越冬隊は、すでに3月に乗鞍でビバーク訓練を済ませています。で、実際に越冬隊が出発するのは11月末なんですが、砕氷船はその前に晴海から出航します。船は時間がかかるので先に出発して、オーストラリアで隊員を乗せて行くのです。ですので隊員は日本を出るときは飛行機になります。

南極までの運賃はいかほどかハッキリしませんが、以前南極でドクターストップのために急遽帰国になった人がいた際には、ロシアの飛行機を頼んで500万かかったんだそうです。とはいってもロシア機で空輸されたのではなくて、ロシア機も砕氷船のところまでしか乗せられないということで、たまたま砕氷船が居たのでなんとかなったという大変なお話でした。

次に行く機会があったら、ぜひ越冬経験者のお話も聞きたいし、今回故障していたオーロラ発生器も動かしてみてもらいたい!
今回は極地研に勤める友人の多大なる尽力により実現した見学なので、一般の方がこの流れで見学することは出来ないと思います。
一般の方はぜひ立川の「南極・北極科学館」や極地研の一般公開に足を運んでくださいね!

≪見学日:2006.6.15≫